家事に、子育てに、仕事。
子どもが増えれば、やることもその分増えます。
予定は自分の分だけではなく、家族の分まで。
休みの日も、家事と子どもの用事で埋まり、ホッと一息つく間もない。
そんな日々の中で、毎日毎日やってくるのが「ご飯の時間」です。
そしてなぜか、その準備をするのは当たり前のように母親の役目。
母親自身も、それを疑うことなく受け入れてしまうことがあります。
「今日、ご飯作らなくてごめんね」
「ごめん、今日は買ってきたものでいい?」
誰から責められたわけでもないのに、申し訳なさでいっぱいになる。
でも、ふと思うのです。
ご飯を作れないことは、本当に家族に謝らなければいけないことなのでしょうか。

私も毎日『ごめんね』って言っていました
\「母親失格かもしれない…」と悩んでいた頃の私の話はこちら/
母親がご飯を作らないと、子どもはかわいそう?
結論から言うと、私はそうは思いません。
子どもにとって大切なのは、
母親が毎日手作りご飯を作ることだけではないからです。
もちろん、手作りご飯は素晴らしいものです。
栄養バランスを考え、家族の健康を思い、毎日台所に立つ。
そこには、母親の愛情や努力がたくさん詰まっています。
でも、母親が無理をしすぎて笑顔を失ってしまうなら、少し立ち止まってもいいと思うのです。
私の母は、毎日手作りご飯を作ってくれる人だった

私が子どもの頃、母は3食ほとんど毎日、手作りご飯を出してくれる人でした。
栄養にも気をつけられた、きちんとした食事。
今思えば、本当にすごいことです。
母の労力を思うと、感謝しかありません。
健康な体でいられたのも、母のおかげだと思っています。
母は家族のために一生懸命でした。
どんなに忙しくても、毎日毎日ご飯を作ってくれました。
朝早く起きて、家族みんなのお弁当まで作ってくれていました。
母親になった今、私はその大変さがよくわかります。
本当に尊敬しています。
でも、子どもの頃の私はご飯の時間が苦しかった
けれど、子どもの頃の私は、正直に言うとご飯の時間が苦手でした。
残すと怒られる。
食べきるまで食卓を立つことが許されない。
食後の片づけがあるから、早く食べるように急かされる。
そんな雰囲気の中で、ご飯は「食べたいもの」ではなく、「食べなければいけないもの」になっていました。

お腹は空いているのに、
ご飯の時間が楽しみじゃなかった
母の手料理が悪かったわけではありません。
むしろ、今食べるととても美味しいです。
でも当時の私は、ご飯を美味しいと思って食べられませんでした。
ご飯の時間を、待ち遠しいと思ったこともありませんでした。
子どもが本当に欲しかったもの
私が子どもの頃に欲しかったのは、手作りかどうかではありませんでした。
リラックスして、楽しく食べられる空間でした。
忙しく動き回る母を見るのではなく、
一緒に座って、笑いながら食事がしたかった。
好き嫌いも、気兼ねなく言える空気が欲しかった。
「これ苦手」と言っても怒られない安心感。
食べるのが遅くても、焦らされない雰囲気。
そういう食卓だったら、もっとご飯の時間を好きになれていたのかもしれません。

手作りには愛情がある。でも、無理しすぎると苦しくなる
手作りご飯には、たしかに母親の気持ちがこもっています。
家族に元気でいてほしい。
子どもに健康に育ってほしい。
ちゃんと食べさせてあげたい。
その気持ちは、とても大切なものです。
でも、母親自身を犠牲にしてまで頑張り続けると、知らないうちに子どもへ期待してしまうことがあります。
「せっかく作ったんだから残さないでほしい」
「美味しそうに食べてほしい」
「ちゃんと食べてくれないと悲しい」
そう思ってしまうのは、母親が悪いからではありません。
それだけ頑張っているからです。
でも子どもは、母親の表情をよく見ています。
どんなに栄養バランスの良いご飯でも、ママが疲れ切っていたら、子どもは安心して食べられないことがあります。

私が笑えていなかったら、
子どもも笑えないのかもしれない
栄養バランスは「作る」だけでなく「選ぶ」こともできる
栄養バランスを考えることは大切です。
でも、それは必ずしも母親が全部手作りしなければいけない、という意味ではありません。
栄養バランスのとれたものを選ぶ。
宅食や惣菜を上手に使う。
冷凍食品やレトルトに、野菜や汁物を足す。
そういう方法でも、十分に食卓は整えられます。
栄養バランスは、「作る」だけでなく「選ぶ」こともできるのです。
\忙しい日にご飯作りをラクにする方法をまとめました/
ご飯は子どものためだけではなく、ママ自身のためにもある
母親になると、つい子どものことばかり考えてしまいます。
子どもに何を食べさせるか。
栄養は足りているか。
好き嫌いは大丈夫か。
でも、ご飯は子どもだけのものではありません。
ママ自身の体と心を支えるものでもあります。
ママに作ってくれる人がいないなら、プロに頼ってもいい。
\実際に我が家で使ってよかったサービスはこちら/
買ってきたものでもいい。
冷凍でも、宅食でも、お惣菜でもいい。
ママが少しでも楽になって、子どもと一緒に座って食べられるなら、それは手抜きではありません。
家族の食卓を守るための、ひとつの工夫です。

子どもが見ているのは、ご飯だけではない
子どもは、食卓に並んだ料理だけを見ているわけではありません。
母親の表情を見ています。
声のトーンを感じています。
食卓の空気を覚えています。
「今日のご飯は手作りだったか」よりも、
「ママが笑っていたか」
「安心して食べられたか」
「一緒に過ごせたか」
そういう記憶の方が、子どもの心に残るのではないでしょうか。
まずは、ワイワイ笑える食卓を目指そう
毎日きちんと作らなくてもいい。
完璧な栄養バランスじゃなくてもいい。
疲れた日は、買ってきたものでもいい。
大切なのは、ママが罪悪感でいっぱいにならず、子どもたちと一緒に食卓にいられること。
肩の力を抜いて、子どもたちとワイワイ笑いながら食べる。
そんな食卓を目指してもいいと思います。
ご飯作りを頑張ることも愛情。
でも、無理をしすぎないことも愛情です。
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【まとめ】母親がご飯を作らなくても、子どもはかわいそうじゃない
母親がご飯を作らないと、子どもはかわいそうなのか。
私は、そうではないと思います。
子どもにとって大切なのは、手作りご飯だけではありません。
ご飯を食べるときに見つめる、母親のまなざしがあたたかいこと。
ママ自身も、ちゃんと幸せそうでいること。
それが、子どもの安心につながります。
だから、ご飯を作れない日に謝らなくても大丈夫。
「今日はこれにしよう」
「一緒に食べよう」
それだけで、十分あたたかい食卓になります。
母親が全部作らなくても、子どもはかわいそうじゃない。
ママが笑顔でいられる食卓こそ、子どもにとって幸せなご飯時間になるのだと思います。





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